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私の履歴書(第5回)

アメリカのニュージャージには8歳まで住んでいました。

小学校低学年までしかいなかったので、よい思い出や楽しかった体験しか今となっては記憶にありません。kindergartenと小学校はEast Brook Elementary School (Park Ridge, New Jersy)に通っていました。アメリカの小学校の義務教育というものがどういうものだったのか、あまりよく覚えていませんが、記憶があるものを列挙しますと下記のようなエピソードがあります。

●教室にすでにマックのパソコンがあった!
小学校3年生の担任(たしかMrs. Bakerという先生)に個人的な計らいと思うのですが、教室にすでにパソコンがあり、交代でパソコンに使う練習をしていました。1980年前後の話なので、最初のマックパソコンが出て間もない時代でした。放課後は同じ小学校のMrs. Bakerの二人の子供が放課後の教室でそのパソコンでゲームをやっていたのを思い出します(まだファミコンすら発売されていない時代です)。

●1学級20人弱で掃除はしない
1クラスは16人くらいで、1学年は2クラスだけでした。日本に帰ってきたときは40人以上のクラスが9組まであったので、この違いははっきり覚えています。また教室やトイレを生徒が掃除するということは絶対なかったです。用務員のおじさんがやっていました(公立小学校です)。

●個別指導が行き届いている?
僕は日本人なので、現地のアメリカ人と比較すると発音がおかしいところがあったようです(当時の自分は納得がいかないという記憶も覚えていますが)。僕のように発音が少しおかしい生徒(確かイタリア人系の子など1クラスで3人くらい)に個別に指導をする時間がありました。今も思うことですが、アメリカの教育は小学校レベルから、個々の能力に合わせた(個別)指導というのが徹底されている気がします。すでに小学校の低学年から美術が上手な子は、放課後に美術の先生から個別の授業があったりしました(友人のScottや僕の姉がこれに選抜されていて、うらやましかった記憶が残っています)。高学年になると、ほぼ全科目で科目別・学力別のクラスに振り分かれます。(日本では高校生くらいからですかね)。日本の(80年代の)教育が「落ちこぼれをなるべく作らず、全体が平均的なレベルになるように教育する」ことに重きが置かれていたとすれば、アメリカの教育は「いかに個々の力や個性を伸ばすか」ということに重きが置かれていた気がします。これが現代の日本と米国の社会を比較した際、そのまま国民性や社会構図に反映されている気が今はします。

●Kelly
まったくアメリカの教育とは関係ありませんが、同級生にKellyという金髪のかわいい女の子がいました。

以上、現地の公立小学校の教育の記憶はこんなことぐらいしか覚えていません(笑)
また思い出したら、この回のブログに書き足していきますね。

“East

我が母校のEast Brook Elementary School(グーグルストリートビューより)

(第7回に続く)

元神賢太

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